
患者さんに対してより良い看護を提供するため、あるいは自分の看護師としてのスキルアップのために資格を取得している看護師が増えてきました。皆さんも認定看護師や専門看護師という資格を聞いたことがあるのではないでしょうか。大学病院や市民病院などの規模が大きい病院に勤務されている方の場合、同じ職場にこれらの資格を有した看護師が在籍しているということもあるかもしれません。
認定看護師や専門看護師という名称は耳にしたことがあるとは思いますが、最近では「特定看護師」という新たな制度が開始となったということをご存知でしょうか。特定看護師という名称をご存じだったとしても、詳しい内容は知らない方が多いと思います。
特定看護師とは何か、どのようにすれば特定看護師になることができるのかなど紹介しますので、参考にしてくださいね。
【特定看護師とは】
まず、特定看護師という資格制度についてみていきましょう。
団塊の世代が後期高齢者となる2025年に向けて、さらなる在宅医療等の推進を図っていくためには、個別に熟練した看護師のみでは足りず、医師又は歯科医師の判断を待たずに、手順書により、一定の診療の補助を行う看護師を養成し、確保していく必要があります。このため、その行為を特定し、手順書によりそれを実施する場合の研修制度を創設し、その内容を標準化することにより、今後の在宅医療等を支えていく看護師を計画的に養成していくことが、「特定行為に係る看護師の研修制度」創設の概要です。
難しい内容ですが、簡単に言うと「研修を受けた看護師は医師や歯科医師の指示を待たなくても、自分の判断で患者さんに対して行うことのできる処置の範囲が広がる」ということです。また、コストの高い医師の仕事を看護師にシフトすることで、全体的な医療費の削減にもつながるのです。厚生労働省はこの研修制度によって、在宅医療を支えていく看護師を10万人養成することを目指しています。平成27年4月1日から指定研修機関の申請開始となり、平成27年10月1日から施行されました。
一般的には「特定看護師」という名称で知られていますが、正しくは「特定行為に係る看護師の研修制度を修了した看護師」です。しかし、「特定看護師」と省略して呼ぶことが可能で、日本看護協会のホームページ上でも「特定看護師」という名称が使用されています。
看護師が受ける指示には、以下の2種類があります。
包括的支持
患者さんの容態変化をあらかじめ予測した上での、ある程度まとまった指示のこと。包括的支持を受けて働くことのできる看護師は、「特定行為研修」を修了した人のみである。
具体的指示
患者さんの状態を医師に報告したうえで、医師から受ける具体的な指示のこと。一般的な看護師が医師から受けている指示。特定看護師となると、医師の包括的支持のもと、手順書に沿って38項目(後ほど紹介します)の特定行為を行うことが可能となります。
研修を修了すれば特定行為を行うことができます。認定看護師や専門看護師は資格制度ですが、特定看護師という資格はありません。
【特定看護師が行うことのできる特定行為】
特定看護師が行うことのできる特定行為は、以下の38項目です。
- 経口用機関チューブ又は経鼻用気管チューブの位置の調整
- 侵襲的陽圧換気の設定の変更
- 非侵襲的陽圧換気の設定の変更
- 人工呼吸管理がなされている者に対する鎮静薬の投与量の調整
- 人工呼吸器からの離脱
- 気管カニューレの交換
- 一時的ペースメーカーの操作及び管理
- 一時的ペースメーカーリードの抜去
- 経皮的心肺補助装置の操作及び管理
- 大動脈内バルーンパンピングからの離脱を行うときの補助の頻度の調整
- 心嚢ドレーンの抜去
- 低圧胸腔内持続吸引器の吸引圧の設定及びその変更
- 胸腔ドレーンの抜去
- 腹腔ドレーンの抜去
- 胃ろうカテーテル若しくは腸ろうカテーテル又は胃ろうボタンの交換
- 膀胱ろうカテーテルの交換
- 中心静脈カテーテルの抜去
- 末梢留置型中心静脈注射用カテーテルの挿入
- 褥瘡又は慢性創傷の治療における血流の無い壊死組織の除去
- 創傷に対する陰圧閉鎖療法
- 創部ドレーンの抜去
- 直接動脈穿刺法による採血
- 橈骨動脈ラインの確保
- 急性血液浄化療法における血液透析器又は血液透析濾過器の操作及び管理
- 持続点滴中の高カロリー輸液の投与量の調整
- 脱水症状に対する輸液による補正
- 感染兆候がある者に対する薬剤の臨時の投与
- インスリンの投与量の調整
- 硬膜外カテーテルによる鎮痛剤の投与及び投与量の調整
- 持続点滴中のカテコラミンの投与量の調整
- 持続点滴中のナトリウム、カリウム又はクロールの投与量の調整
- 持続点滴中の降圧剤の投与量の調整
- 持続点滴中の糖質輸液又は電解質輸液の投与量の調整
- 持続点滴中の利尿剤の投与量の調整
- 抗けいれん剤の臨時の投与
- 抗精神病薬の臨時の投与
- 抗不安薬の臨時の投与
- 抗癌剤その他の薬剤が血管外に漏出したときのステロイド薬の局所注射及び投与量の調整
出典:厚生労働省 特定行為とは
本来なら医師しかすることができない医療行為が並んでいますよね。研修を受けることで、看護師もこれらの医療行為を行うことが可能となります。
【手順書とは】
特定看護師は、あらかじめ作成されている手順書に沿って特定看護業務を行うことができますが、この手順書は看護師が作成するのではなく、医師が作成します。医師は手順書に以下の6項目を記載する必要があります。
- 当該手順書に係る特定行為の対象となる患者(患者の特定)
- 看護師に診療の補助を行わせる患者の病状の範囲(症状の範囲)
- 診療の補助の内容
- 特定行為を行うときに確認すべき事項
- 医療の安全を確保するために医師または歯科医師との連絡が必要となった場合の連絡体制(連絡体制)
- 特定行為を行った後の医師または歯科医師に対する報告の方法(報告方法)
特定看護師は、以上の項目に沿って特定看護行為を行います。自己判断で項目外のことを行うことは許可されていませんので注意しましょう。
【特定看護師になるには】
では、どのようにすれば特定看護師として活躍することができるのか紹介します。条件がいくつかありますので、特定看護師になりたいと考えている方は参考にしてくださいね。
日本の看護師資格を有していること
当然ですが、日本での看護師の資格を有していることが最初の課題となります。この看護師の資格というのは「正看護師」のことです。准看護師の資格しか持っていない方は、まずは正看護師の資格取得を目指すこととなります。
看護師として3~5年の臨床経験を有すること
所属する職場において日常的に行う看護実戦を、根拠に基づく知識と実践的経験を応用し、チーム医療のキーパーソンとして機能することができる必要があります。厚生労働省は「3~5年以上の実務経験を有しない看護師の特定行為研修の受講を認めないこととするものではない」としていますが、臨床経験が3~5年未満の場合、チーム医療のキーパーソンとして行動することは難しいかもしれません。
出典:保健師助産師看護師法第37条の2第2項第1号に規定する特定行為及び同項第4号に規定する特定行為研修に関する省令の施行等について 5ページ目
特定行為研修を受講すること
特定行為研修には、①共通科目と②区分別科目があり、両方を受講しなければなりません。
〈共通科目〉
臨床病態生理学(45時間)、臨床推論(45時間)、フィジカルアセスメント(45時間)、臨床薬理学(45時間)、疾病・臨床病態概論(60時間)、医療安全学(30時間)、特定行為実践(45時間)の計315時間、講義や演習、実習を行います。それぞれ筆記試験や各種実習の観察評価にて評価が行われるようです。
〈区分別科目〉
特定看護師は38項目に分けられていますが、呼吸器(気道確保に係るもの)関連や呼吸器(人工呼吸療法に係るもの関連)などで区分されており、全部で21区分38項目となっています。区分によって研修の時間数は異なり、最も長い区分は「創傷管理関連」の72時間で最も短い区分は「創傷・ドレーン管理関連」の15時間です。研修方法も区分によって異なり、講義・実習となっているものが多いですが、中には講義・実習に加えて演習が行われるものもあります。
評価方法も区分によって異なりますが、どの区分も筆記試験は共通して行われるようです。
出典:厚生労働省医政局看護課看護サービス推進室 看護師の特定行為研修の概要について 説明資料 21ページ目 22ページ目
特定行為研修を実施している指定教育機関は、平成29年3月時点では大学院8施設、大学・短大9施設、大学病院4施設、病院15施設、団体3団体の計39施設となっています。
出典:厚生労働省 特定行為に係る看護師の研修制度 指定研修機関について
施設によって受講できる区分は異なりますので、下記のサイトで確認してください。
自分が希望する特定看護師の区分の研修が近くで行われていない場合、引っ越しも必要となる場合があります。
研修機関によっては講義や演習をeラーニングで行っているところもあるようです。仕事をしながら受講することが可能となりますので、受講する際は調べてみるといいかもしれません。
【認定看護師が特定看護師になる場合】
日本看護協会は、2017年度から2019年度までの3年間は、日本看護協会の看護研修学校、神戸研修センターにおいて、全21分野の認定看護師を対象とした特定行為研修を集中して行います。
出典:認定看護師を対象とした「特定看護研修」の実施について 9ページ目
認定看護師がその専門性をさらに発展させるために、病態の変化や疾患を包括的にアセスメントする能力や、治療を理解し安全に医療看護を提供する能力を研修で強化することが目的です。今後、日本看護協会の特定行為研修を修了した認定看護師は臨床実践者として、かつ特定行為研修の指導者として、活躍が期待されます。
出典:認定看護師を対象とした「特定看護研修」の実施について 3ページ目
2016年3月の時点で日本看護協会の特定行為研修を修了した認定看護師は、救急領域14名、創傷管理領域17名、感染症管理領域8名の計39名となっています。
出典:認定看護師を対象とした「特定看護研修」の実施について 8ページ目
研修に参加するには書類審査や2次審査に合格する必要がありますが、認定看護師の資格をすでに取得している方は研修に参加することを検討してもいいのではないでしょうか。
【特定看護師のメリット】
特定看護師となることで、どのようなメリットがあるのか見ていきましょう。
医師の判断を待たずに特定行為を行うことができる
患者さんの状態に変化があった場合など、まずは医師に報告し、医師の指示が出るのを待たなければなりません。電話連絡を行っても、医師がすぐに来ないことなどもあり、患者さんへの処置が遅れることもあるのではないでしょうか。
特定看護師になると、手順書に記載されている内容であれば医師の指示を待たずに特定行為を行うことが可能となります。患者さんの状態に応じてすぐに対応できるのは安心できますよね。
患者さんとさらに信頼関係を築くことができる
特定看護師は医師と看護師の間の位置づけと考えることができます。患者さんの悩みや不安に対し、看護師だけでなく医師の視点から対応することができるため、心強い存在となるのではないでしょうか。また、患者さんが疑問に感じていることに対して医師に確認しづらいと感じることがあります。特定看護師は一般の看護師よりも豊富な知識を持っているため、患者さんの疑問を解消し、安心できるようにサポートできるのではないでしょうか。
【特定看護師のデメリット】
反対に、特定看護師になることでどのようなデメリットがあるのかも見ていきましょう。
さらに激務になる
看護師という仕事は非常に激務ですよね。検温やケア、ナースコール対応、手術前後の看護などを毎日行いますが、休憩をとることができないほど忙しく働かなければならないことも多いのではないでしょうか。
特定看護師となると、指示書に記載されている状況となった場合、医師でなく自分が特定行為を行うこととなります。普段の看護業務に加えて特定行為を行うこととなるため、今以上に激務となることが予測できるのではないでしょうか。
法的責任が増える可能性
人工呼吸器の操作ミスや薬の間違いなどで、今までも看護師が法的責任を問われることがありました。しかし、特定行為を看護師が実施することで、今まで以上に看護師が法的責任を問われる状況が増加すると考えられます。
医師は医学を習得しているのに対し、特定看護師は医学ではなく看護学しか習得していません。特定看護師になるための研修で知識は増えますが、医師レベルとはいかないと思いますので、患者さんを危険な状態にさらす危険性も考えられます。
【まとめ】
特定看護師について紹介しました。特定看護師制度は始まったばかりですので、詳細を知らない方がほとんどだと思います。中には専門看護師や認定看護師と混同している方も多いようです。
今後、超高齢化社会になるに伴い、特定看護師の必要性が高まっていくと考えられます。興味のある方やスキルアップを行いたいと考えている方は、特定看護師の研修の受講を検討してみてはいかがでしょうか。